四名が集まり、戦国時代にタイムトリップ、小谷城(山)を散策した。典型的な山城の跡をゆっくりと、歩き、登ってきた。頂上(大嶽、「おおづく」と読む)で、山熊特製のLunchに舌鼓を打ち、帰りに須賀谷温泉温泉で汗を流した。12月とは思えない暖かさのもと、行ってみたかった小谷城を楽しんだ。
コースタイム;小谷城駐車場(9:50)ー登山口(10:00)ー御茶屋(10:43)ー御馬屋810:50)ー首据石(10:54)ー赤尾屋敷(11:00)ー本丸跡(11:17)ー
小丸跡(11:42)ー六坊(11:54)ー月所丸(12:00)ー
小谷山頂上、大嶽(おおづく)(12:27) 昼食 13:51発ー福寿丸(14:17)ー
山崎丸(14:31)ー駐車場(15:00)
駐車場は大きいが、車は少ない。 大河ドラマ 「お江」が放映されいる頃に整備されたようだ。 ブーム中はきっと大勢が押し寄せていたのだろう。
全貌地図、山道も整備されいてとっても歩きやすい
番所、主要部への入口
虎御前山、織田信長が浅井氏攻撃の際陣を置いたとされる山、
浅井長政攻めは朝倉氏を攻めたあと一気に強襲したらしい。山肌は、紅葉が美しい
山の地形を活かして、敵が攻めてきた際の守備、攻撃に備えている。
馬小屋があった場所、 当時貴重な財産
六角氏との合戦の際、家臣(今井秀信)が敵方に内通したことを知り、
その首をここにさらしたとされる
浅井家の重臣赤尾家の屋敷跡、浅井長政が29歳で自刃した(1573年)ところ
桜の馬場からは、琵琶湖に至る平野が一望でき、竹生島を捉えられた
標識も、案内も整備され観光案内には嬉しい
小谷山 頂上に到着、おおづくとよむ。
浅井氏の初期に城の主郭が置かれ、段々状の曲輪が築かれていた。
山熊特製肉団子を温め
麦ごはんの上にのせて、リゾットの完成。
温かいものを頂き、会話も弾み、最高の時間を時間を過ごす。
頂上を名残惜しみ、下山開始、途中、福寿丸がある。
朝倉軍が最新の城郭技術を駆使して、巧みな構造を建造した。
この山崎丸も朝倉氏が築いたとされる、
浅井氏は朝倉氏と共にともに信長に滅ぼされた、
時代の大きな転換期を感じる。
駐車場に戻り、須賀谷温泉で汗を流し、16:00に小谷を後にした。